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YOKOHAMA コラム

普段の生活の中で、現在の行事やイベント、幕末から明治、大正、昭和にかけての激動の時代など、横浜ぐらしの中でふと気になったことや疑問をごそごそ紐解いています。

紫陽花 2022/06/07

 人から聞いたところによると、紫陽花は水を渇望する植物なのだそうだ。
 水を渇望するから梅雨の時期に咲くのか、梅雨の時期に咲くから水を渇望するようになったのか、それは分からないが、自然というものは良く出来ているものだと関心してしまう。
 シトシトと降る雨の中で、唯一、艶やかに活き活きと咲き誇る紫陽花。
 なるほど。より多くの水を必要とする紫陽花にとっては、願ってもいない季節の到来なのだ。
 だからこそ、あの薄暗い雨の中でも鮮やかさを失わずに周りに強い存在感を与え、時には「雨の中の方が美しい。」と言わせる。
 あまり雨が好きだという人はいないだろう。だが、雨の中の紫陽花に悪い印象を持つ人は少ない。

 少し今までと違う目線で見ると、マイナスがプラスに転じる。
 よく耳にするフレーズではあるが、意外に忘れがちな言葉。
 だが、これは「今の状況から何かを変えなければならない。」そんな時に必要になってくる考え方の一つなのだろう。


近代下水道の始まり 2022/05/01

 都市計画の大切なものとしてライフラインが挙げられますが、その中でも一番大切と思われるものが水道です。とりわけ環境衛生に関わる下水道は筆頭にあげられるでしょう。

 横浜においても開港後に下水が敷かれましたが、それは溝を掘って板を載せただけの単純なものだったため、居留地側の要望により、居留地内に埋没式の下水道を作る必要に迫られました。
 英国人R.H.ブラントンの指揮のもと、明治4年に布設されましたが、最初は陶製の下水管であったため、上にかかる土などの重みで破裂が多く、より強固な物へと改良が進められました。
 その後、明治13年頃に日本人技師の三田善太郎により拡張と改良工事がなされ、排水量と堅牢さを求め、陶製の管を廃止し、煉瓦造りの大きな下水管が組まれました。流れの少ない時でも効果を発揮できるよう、卵を逆さにしたような形になりました。
 これは、日本人が設計施工した最初の近代下水道として、平成10年に有形文化財として登録されています。
 現在、市内各所でこの卵形下水管の遺構が展示されていますが、この中土木事務所前の物は、花壇の奥にある事もあり、所員が丹誠込めた四季の花に彩られ、下水遺構にもかかわらず美しささえ感じさせられます。


旧 根岸競馬場 2022/04/04



 この写真は1930年代に撮られた貴重なもので、根岸競馬場と富士山が美しく撮られています。
 競馬場のコースの中はゴルフ場で、とても優雅な場所でした。
 根岸競馬場は、慶応3年に日本初の洋式競馬が行われた場所で、明治13年に日本競馬クラブに引継がれ、昭和18年に戦争のため東洋一の規模を誇っていた競馬場は、閉鎖されました。
 昭和44年に一部接収解除された土地を国から借り受け、なだらかな地形を生かし、大きな芝生広場を中心にした森林公園として昭和52年に開園しました。
 同時に中央競馬会によって競馬記念公苑が建設されました。
 その後接収解除された部分に残されたJ・H・モーガンの設計による下見所、一等馬見所、二等馬見所の3つの建物は、貴賓室などを持つ一等馬見所を除き取り壊され、残る一等馬見所については利用方法を検討している最中です。
 桜の花が咲く頃、当時の事を思い浮かべながら出かけてみようと思います。


神奈川県 電気発祥の地 2022/03/07

 生活のライフラインと言えば、電気ガス水道が主なものとして挙げられますが、電気発電の「神奈川・横浜初」が伝えてくれるものがあります。

 横浜市役所のほど近く、東京電力(株)関内変電所にその碑があります。
 横浜の時の有力者が集まり、「横浜共同電灯会社」が設立され、1890(明治23)年に石炭による火力発電を始めました。協議のうえ、初代社長に高島嘉右衛門が任命されました。
 当時の発電量は出力100キロワット。市内700軒への電力供給だったそうです。

 現在、市内、特に商業観光地でもある中区はいつでもまばゆい夜景を私達に見せてくれます。
 電気の恩恵が当たり前のようにあり、便利さ追求が生活の基本になっている私たちですが、120年前の「電気無しの生活」はどれほど大変で、また夜の静けさはどんなにか恐ろしいものだったのでしょうか。


春節のランタン 2022/02/07


 2月の横浜中華街と言えば「春節」につきます。
 中国では旧暦の元旦を春節と言い、約一週間の間、盛大にお祝いします。
 今年で36回目を迎える横浜中華街の春節祭は、中華街全域のみならず山下公園、元町そして市内の主要各所22カ所で、巨大なランタンオブジェが設置され、華やかに行われています。
 各ランタンは中国伝統工芸品の逸品で、いずれも福々しいモチーフから成り、その見事さに圧倒されます。
 例年、獅子舞や京劇、竜舞、パレードなどが行われていますが、今年はコロナ禍でのまん延防止等重点措置の適用下となり、新年を盛り上げる多くのイベントが中止になってしまいました。
 その最中でも、願い溢れるこのランタン祭りだけは、と執り行われています。
 町々を照らし、気持ちも明るく、皆様に幸多からん事を、と祈り、横浜中華街は新しい年を迎えます。

写真:みなとみらい線/馬車道駅内コンコース


2022年、横浜港の年明け 2022/01/04



 横浜港では、特別な音で新年を祝います。
 通称、除夜の汽笛。
 「日本の音100選(環境省:選)」にも選出されている、年明け恒例行事です。

 港に停泊している船舶が、新年を迎えた瞬間に、一斉に汽笛を鳴らして新年を祝います。
 その凄まじい響きは心の中にまで迫ってきて、新しい年の訪れを、ワクワクした気持ちにさせてくれます。
 みなとみらい地区ではカウントダウンイベントも行われるようになり、年々、賑やかな年明けになってきています。

 例年、みなとみらい地区で年明けの花火が上がりますが、今年は特別に、新港埠頭、大桟橋、山下埠頭から一斉に花火が打ち上げられ、これまでにない華やかな年明けとなりました。
 これは、新型コロナ感染症に立ち向かう全ての医療従事者やエッセンシャルワーカーへの感謝や、横浜に生きる人々や観光で来ていただいた方々、すべての人々への応援と感謝を込めて打ち上げられた横浜港からの贈り物です。