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YOKOHAMA コラム

普段の生活の中で、現在の行事やイベント、幕末から明治、大正、昭和にかけての激動の時代など、横浜ぐらしの中でふと気になったことや疑問をごそごそ紐解いています。

危機管理、ヨシ! 2019/03/11

 「252 生存者あり」「トッキュー!」「海猿」など、レスキュー隊をベースとしたエンタテイメントが人気を集めています。横浜市も今春のドラマ「RESCUE」に撮影協力しています。
 火災の消火が任務の消防隊。救急車で駆けつける救急隊。そして、あらゆる災害において救助を目的とする救助隊。この3つを核に横浜市安全管理局は活動しています。
 震災災害や大規模災害に対応するため、総務省消防庁では政令市に向けて、特別高度救助隊の創設を求める省令が定められました。

 横浜市ではすでに特殊な災害に対応する専門部隊と各消防署に救助専門の部隊が配備されていましたが、この省令を受け、「特別高度救助隊 スーパーレンジャーSR」として、平成20年10月に編成、創設されました。
 3,600人の局員のうち、SRになれるのは1%にも満たないほんの一握りの人だけ。過酷な状況にも耐えうる強靭な肉体と精神力、そして的確な判断力と機材に精通する技術力。
 その絶対的な力強さと信頼が、不安の多い現代で、人々にヒーローとして無意識に求められているのでしょうか。


青い目をしたお人形は 2019/02/05

 横浜人形の家は、人形とそれに関する資料を所蔵している博物館で、ファンも多い博物館です。所蔵品は約13,000点。所蔵品の9割が個人や各国大使などからの寄贈によるもので、人形を通じての親善外交はぬくもりを感じさせます。
 世界の人形の「大野英子コレクション」1,981点と日本の人形の「太田ますいコレクション」630点の横浜市への寄贈が、開館のきっかけとなりました。 
 昭和54年の産業貿易センターでの一般公開を始めに、昭和61年に現在の地に人形たちの家が完成、平成18年に改築し、私たちの目を楽しませてくれています。

 人々の人形に対する思いが象徴されている人形がいます。
 昭和2年、日系人排斥の風潮がアメリカを覆い始めていた時、在日経験のある宣教師ギューリック氏は全米の子どもたちに呼びかけ、12,000体もの友情人形を送ってくれました。その人形たちは盛大な歓迎を受け、全国の小学校や幼稚園に送られました。そのお返しにと、その年のうちに58体の市松人形が答礼人形として送られました。人形たちの入出港は横浜港で、日本初の人形外交の舞台ともなった訳です。その後の第一次世界大戦で大半が消失してしまいましたが、昭和48年NHKで「人形使節メリー」が放送され、残されていた友情人形が全国で発見されました。そのうちの1体とアメリカからお里帰りをしている1体が、入館してすぐの場所に私たちを迎えてくれています。

 人形というとメルヘンなものと思いがちですが、展示品を拝見していて、人形に対して込める人間の気持ちというものは、とても深く重く広がりのあるものなのだと考えさせられます。


赤レンガ倉庫 2019/01/08

 赤レンガ倉庫は、平成4年に本市が取得した当初、開口部の腐食、屋根からの雨漏り、外壁の落書きなどがひどい状態でした。
 そのため市では、『港の賑わいと文化を創造する空間』を基本コンセプトとして、市民が憩い・賑わう空間と合わせて、建物保存のための工事を実施してきました。
 工事の主な内容は、屋根改修(14万枚の瓦を全て葺き替え)、腐食した窓、ひさしなどの復元、落書きの除去、鉄骨による構造補強などです。

 2棟ある建物のうち、小さい方の1号倉庫は、主に文化施設として、大きい方の2号倉庫は、主に商業施設としての利用が計画され、2棟の倉庫に挟まれた広場も、倉庫と一体的な賑わいの演出空間として位置付けられ整備が進められました。

 赤レンガ倉庫は、みなとみらい21中央地区と中華街・山下地区を結ぶちょうど中間点に位置しており、水際線沿いを歩く人々の流れをつくり両地区の結節点となるとともにそういった人々の快適な憩いの場、交流の場になっています。