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YOKOHAMA コラム

普段の生活の中で、現在の行事やイベント、幕末から明治、大正、昭和にかけての激動の時代など、横浜ぐらしの中でふと気になったことや疑問をごそごそ紐解いています。

郵便は世界を結ぶ 2020/03/10

 メール全盛の今だからこそ、手紙が届くととても嬉しいものですね。
 明治4年に発足された郵便という通信手段。
 それ以前は時代劇でおなじみの飛脚さんが民間の通信手段を担っていてくれました。

 日本での郵便の仕組みを作った前島密(ひそか)は郵便の父とも呼ばれています。

 幕末生まれで上越出身の前島密は、もともと医者を志していた少年ですが、もっと医学を勉強するため、医者の見習いとして江戸に出てきました。
 その江戸で、18歳頃、ペリー来航を見て、感じ、衝撃を受けました。
 船がもたらす「世界とつながる海運」の重大性を認識し、諸国を見て回る旅に出て見識を広めました。
 その後、新政府の職員となります。
 以来、運輸とそれに基づく郵便事業、電話事業、鉄道事業、外国との交流がもたらした新しい教育、次々と精力的に尽力していきます。

 地図で見ると、この国際郵便創業の局である横浜港郵便局を中心に、前島密が関係した旧諸役所や会社、施設の建物が本当にたくさんあります。

 現行1円切手でその姿も見られますが、明確な未来像を持ち熱意に満ちた、確固たる信念の人物だったのだなぁと思いが伝わってきそうな気がしてきます。


旧富士銀行横浜支店 2020/02/13

 国内の銀行再編が多く行われたのが一昔前の感ある昨今ですが、昔の地図を見ていると、今はない銀行をたくさん見つける事が出来ます。
 特に関内や本町周辺には、大正から昭和初期建築の歴史的価値を持つ銀行が多くあります。その殆どが、建設当時から「○○銀行横浜支店」で、決して本店ではありませんでした。
 本店ではないのに、なぜああも豪奢な建物になったのでしょうか。東京はもとより、開港以降の横浜の経済発展が、いかに著しかったかを物語ってくれます。

 今なお現役営業中の建物の銀行もありますが、新しい利用をされている建物もあります。
 馬車道海側の旧富士銀行横浜支店は安田銀行横浜支店として昭和4年に建設されました。戦火をくぐり、富士銀行、みずほ銀行と名を変え、支店統廃合の際に横浜市に売却されました。
 平成17年からは東京藝術大学横浜キャンパスとして第二の歩みを始めています。


井伊直弼 2020/01/07

 紅葉坂を上がり能楽堂を右に行けば、井伊直弼の銅像のある、清々しい眺望の掃部山公園に行き着きます。
 井伊直弼は11代彦根藩主の14男坊(!)として生まれ、36歳の時に藩を継ぎ、44歳の時に江戸幕府の大老職に就任します。
 強引とも思える日米修好通商条約の調印で、開国反対派たちへの死罪を含む粛正を行った「安政の大獄」を引き起こしてしまいます。それが遺恨となり、46歳の時に「桜田門外の変」で暗殺されてしまいます。
 そういう人物として知られている井伊直弼。
 実は風雅の道で、この人ありと言われた人物でもあります。
 各種武術の一通りを修めたことはもとより、禅、学問、茶、書、歌、能、狂言、なんでもござれのスーパー風流人だったそうです。
 本当にいたんですね。時代マンガに出てくるような人。
 ことに茶道には一層傾倒していて、一派も興していたそうで、今でもその片鱗を現代の私たちにも伝えてきています。

「一期一会」
 この言葉は彼の書いた茶道の本で記された言葉ですが、ご存知の通り、一生一度しかない出会いを大切にしようという言葉です。
 本来は侘び茶の茶会での精神道であるそうですが、実生活においても重要な考え方であるため世に広まったのでしょう。

 スピードばかりが重視されがちな世の中だけれど、時々立ち止まって自分を振り返ろうと感じた年明けです。